2018年3月26日月曜日

エジプトの朝食・昼食の定番

ピクルス、ターメイヤ(空豆コロッケ)、野菜サラダ、タヒーナ(ごまペースト)、ビティンガーン(なすペースト)、ポテトチップ、タマネギスライス、手作りチーズ(右手奥)、ルッコラの葉っぱ、そしてアエーシ(エジプトパン)
・・・アエーシをちぎって、おかずをすくって食べるか、パンの中に挟んで食べます。

エジプトの一般的な朝ご飯です。

学校の先生方は朝食を10:30~11:00に食べます(この時間帯に15分間の授業の休憩時間がある)。朝は、シャーイ(紅茶)だけだそうです。あまり健康に良くないし、子どもたちにしても、頭の血の巡りが悪くなるのではないかと言うと、それがエジプト人の一般的な習慣だと言ってます。朝のお祈りをしてから7:30(モーニングライン:毎朝の全校集会)迄に通勤ですから時間がとれないのかもしれません。

それにしては、それだからこそなのか、大人も子どもも、しょっちゅう、スナック菓子やポテトチップを抱えてポリポリやっています。(だから太る😅 紅茶も砂糖を4杯も5杯も入れる😨)

で、朝食ですが、それぞれで勝手に食べる人もいれば、空き部屋にみんなで集まって食べる人たちもいます。そして、そばにいると、必ず、一つ食べないか、と声をかけてきます。断ると、良いから食べろ、と無理矢理手渡されます。いつもだと申し訳ないので、その時間帯はなるべく席を外すか、隠れるようにしています。すると、時々、全校放送で呼び出され、○○室に来い!・・・となり、空き部屋
の食事会場に座らされます。(^^);

2018年3月24日土曜日

母の日



3月21日は日本では「春分の日」ですが、エジプトは「母の日」です。

各学校では、母への感謝と、母なる国エジプトへの感謝の式典が行われます。
校長や来賓等の祝辞の後、国歌斉唱、エジプトや母を讃える歌などが続きます。

その後、母親の女性教員全員に対してひとりひとり感謝状とプレゼントを贈ります。
感謝状を贈るときに、校長らがアドリブで一言付け加えるのですが、それが愛情と感謝とユーモアに満ちていて、周りの教員や生徒たちも大はしゃぎで拍手大喝采です。

表彰やパフォーマンスが大好きなエジプトですが、こういう式典は何度あっても良いなあと思いました。

日本では、「母の日」などは、各個別家庭のプライベートなイベントですが、学校で「母への感謝」について触れて讃える機会を設定するのも、教育的意味があると思います。とりわけ、家庭崩壊やニグレクト、虐待などに人知れず苦しんでいる子どもたちに、光を当て、寄り添えるきっかけになるかもしれません。


さらに、放課後、時間があったら図書館に来てくれ、と言われたので行ってみると、パーティー会場が設定されていました。「母の日」のお祝いを兼ねて、今年退職になる女性教員の、誕生パーティーだそうです。イスラムの風土は、一見、男尊女卑のようでいて、なかなか、「母は強し」です。退職を迎える女性教員も、少し誇らしげな面持ちです。



こちらも、即興の詩の朗読あり、歌あり、感謝の言葉ありで盛り上がりました。







特別なプレゼントも用意されていました。









何かちょっとしたことで、このようにみんなで集まり、即興的に手作りで和気藹々と楽しむエジプト人が、新鮮でまぶしく、また懐かしく見えました。日本でも仲間内の盛り上がりというのはあっても、人の行き交うところ何処ででもそのような輪ができるということは現在の日本ではあまり見かけません。「花見」の席や田舎の居酒屋で時々遭遇することはありますが (^^)、地域社会というのが日本では急速に崩壊しているのだなと思います。それでいて、暑苦しい「同調強制」だけは根強く残っているからまた不気味。


今のエジプトを見ていると、日本の第2次大戦後の社会の残像と重なるところがとても多く感じます。ベビーブームと、大人数でギュウギュウ詰めの教室(小学校1学級70人)、軍隊式訓練、詰め込み教育・・・スクラップ・アンド・ビルドのセピア色の街並み、放し飼いの家畜・家禽、真っ黒な排気ガスを出して走るバスやトラック、活気に溢れていると言うべきか、猥雑で喧噪とした人通り・・・そして、仲むつまじく、健気に支え合い助け合う人々、フレンドリーで愛情あふれんばかりの仲間たち・・・

社会が進んでいるとか遅れているとか言うつもりはありません。日本は、制度的整備は多少進んできているものの、「経済効率」や「成果主義」や「自己責任」など、哲学のない浅薄な実用主義的理解、当面のご都合主義によって、大事に守るべきもの、大切なものを、相当失ってきているのではないか、と強く感じさせられるのです。
あまつさえ、再び国家のミスリードによってそれらが破壊つくされようとしている歴史逆行的現実、そしてその国家の中枢が救い難いほどモラルが低下していることに、強い危機意識を感じているのです。 

もちろんそのことは、日本1国の特殊事情ではありません。
現代の「グローバリズム」の負の側面、資本主義の作り出す、ルール無き多国籍企業の暴力的自己増殖によるものが大きいと考えます。残念ながら現代に生きる人類はそれをコントロールする理性と知性、そして感性や美意識(内面的品位)がまだまだ育っていないということでしょう。とりわけ、政治家、経済・企業家においては。

こんなときにどうでも良いことが頭をよぎり、苦い思いが纏わり付くのは、それだけエジプト人の天真爛漫な笑顔に接し、ホッと心が和む機会が増えてきたことの逆の証、日本人としての反作用だと思います。もちろんエジプトも、軍事政権とか、自爆テロとの闘いとか、格差社会とか、いろいろ課題はありますが、庶民は遥かにおおらかに、したたかに生きています。


2018年3月19日月曜日

荷馬車が通る

昼頃、大通りでバスを待っていたところ、車が激しく過ぎ去る中を、数台連続して荷馬車が通りかかりました。思わず激写。

急発進、急ブレーキ、猛スピード、鳴らす必要も無いのにちょっとしたことですぐクラクションを鳴らし続けるなど、神経が逆なでされる、騒々しいことこの上ないカイロの街中ですが、荷馬車が通ると、そういう空気を一瞬和らげてくれ、ホッとします。

屋台売りの野菜を売り切ったのでしょう。コトッ、コトッ、コトッ、と、軽快にのんびり馬車が進みます。平和な光景。

2018年3月18日日曜日

街路樹の花



暖かい日(日中は30度を超すことも)が続きますが、一気に街路樹がピンク色に染まってきました。

カイロは意外と緑が多く、珍しい花を咲かせています。また、草花を見かけるよりも、様々な花を咲かせた常緑樹を見る機会の方が多いので、やはり異国情緒を感じます。

日本でも桜とかハナミズキとかライラックとか、花をつける木は無いわけでは無いのですが、どっしりとした存在感を漂わせている常緑樹が、ある日突然ピンクや赤や黄色の花ビラで覆われる様は圧巻です。

2018年3月10日土曜日

スークで買い物(おまけ)



鶏の陰に隠れて気づかなかったのですが、ウサギも売ってました。
1匹40ポンド(約250円)です。ちなみに、鶏は1匹35ポンド(約200円)です。

イスラム教徒は豚は食べないので、肉屋やスーパーには全く売ってませんが(コプト教徒の経営する個人商店では、奥にしまっておいて売ってくれる店もある)、それ以外の肉は何でも食べるみたいです。

鶏や牛はもちろん、鳩や七面鳥、ウサギや羊、そしてラクダ肉も売っています。

ラクダは食肉として売ってますが、ウサギや鶏を1匹丸ごと買った後はどうするんでしょうね。お店の人に処理を頼むのでしょうか、自分でやるのでしょうか・・・。

考えてみれば、日本では今、動物の肉は、食肉としてしか店頭に並んでいませんが、確かに自分の幼い子どもの頃、祖母の家では鶏を飼っていて、ときどき「鶏をつぶす」手伝いをさせられたことがあります。と言ってもホントに小さいときでしたから、鶏の羽を抜き取るくらいの手伝いです。それにしても、幼心に、羽が根元で折れて突き刺さったまま残ったり、鶏の肌がブツブツまばらになっていたりを目の当たりにして、最初ショックを受けて、しばらく食べられなくなりました。今でもその残像が残っています。


私たちが食べている肉や魚や、もちろん何も言わないけれども生きている野菜。
これらも、人間が命を「奪い」、「調理」をし、私たちの口に入っている、という現実と過程を、私たちは無視したり隠したりしてはいけないし、
それら全ての尊い命を「いただいて」自分の命が保たれているのだということをしっかり自覚し、贖罪意識と感謝の念を捧げなくては申し訳ない、と思うのです。

「美味しい」というひとことは、素材や調理に込められた意味と思いの全てを汲み取った、感謝のことばでなくてはいけないのだろうなと思います。

カイロのスークを歩きながら、人間の「業(カルマ)」という所作に、ふと改めて思いをはせてしまいました。

「いただきます」
ちなみに、アラビア語では、食前に、「ビスミッラーヒ」(神の御名において)と唱えてからいただきます。




左の奥に、大型のウサギ、右手前の車のボンネットのプラスティックのかごの中に、生まれたばかり?の小さなウサギが数匹

左手前には産みたてと思われる卵が大皿の中に


2018年3月6日火曜日

羊が通る




大通りのど真ん中を動物らしきものがうごめいているので、近づいてよく見ると羊でした!!

北海道の田舎に行くと、時々、牛やエゾシカやキタキツネが道路を横切るのに遭遇して車のブレーキを踏むのですが、さすがに都会のど真ん中ではそういうことはありません。

ですから、東京と同じ人口1000万人越えのカイロのど真ん中で羊が道路を横断するというのは、さすがに驚きました。そこがカイロらしいところかもしれません。


田舎から荷馬車に野菜を積んで街中に売りに来る人たちもたくさんいますし、乗合馬車や観光馬車も健在です。

2018年3月4日日曜日

スークで買い物 part2

スークは大通りと交差する狭い小路沿いに500mほどズラーッと立ち並んでいるのですが、今日は、めったに流通していない白菜を探し求めて、1軒1軒売っているものを調べて回りました。

結局、スークの外れに1軒だけ売っている店を発見しました。その店では、何と大根も売っていました。やっぱり味覚が違うので、一般にはあまり生産していないのでしょう。



途中で、鶏を売っている店も発見し、5~60年前の日本もこうだったなあと、かすかな記憶が甦りました。













肉も、そのまま店先につるしてあります。