2017年6月13日火曜日

教育は誰のために


権力の私物化、公金の私物化が後を絶たないことをもって、「権力は必ず腐敗する」そして「それは永遠の真理だ」と、訳知り顔に説く学者や知識人が大勢居ますが、それは、全く無責任で、結果的に民衆に絶望感を蔓延させる手助けをすることになり、、公的利益・サービスよりも、自己利益、自己権益を保守しようとする、時代の逆流・退行現象を助長します。およそ、学者や知識人を名乗るのであれば、少なくとも歴史の遺産を受け継ぎ、歩みを前に進めるような、建設的、実践的な主張を世に示すべきです。

何万遍の解釈や批評よりも、目の前の1つの糺すべきを糺す正義感と徹底性が、啓蒙時代から、人類はいかばかり成熟したのでしょうか。 それこそが、学者、知識人として嘆き悲しむべきことではないでしょうか。

日本の前・文科省事務次官が、学校設置・土地取得に係る首相官邸による圧力・不正疑惑を巡って、「在るものを無いとは言えない」と、公然と政府見解に意義を唱える記者会見を起こしました。高級官僚のトップに居た方が、政府に逆らうというのは、よほど覚悟と勇気がいたことだろうと推測します。良心を押さえて、ずっと今迄耐えて我慢してきたのかなあとも思います。

しかし、当たり前のことを、思っていることを、素直に、正直に表現できないという社会は、果たしてこれが民主国家と言えるのでしょうか? そして、他の国家や組織を批判する資格があるのでしょうか?

カタールがISに資金援助をしているという疑惑をもって、アラブ数カ国が国交断絶に踏み切りましたが、テロリストへの資金援助は良くないという世論形成の進展につながり、一見正当に見えるのですが、では、例えばサウジは、アルカイーダへの資金援助疑惑はどうなったのでしょうか。釈然としない部分もあります。元を正せば、かつてアルカイーダを育て軍事訓練を施していたアメリカの責任はどうなるのでしょうか。さらに、そのアメリカに追随して資金援助や燃料補填を行っていた日本の責任は・・・

正義、理念、法は、歴史を後戻りさせないための最低限の、人間の社会的合意です。法治国家を標榜しつつ、法や正義にひれ伏すどころか、権力をもってそれらを愚弄し、勝手な定義変えを行うのは、正に独裁国家であることを証明するものです。

残念ながら、法と正義に忠実な社会の実現は、まだまだ先のようです。


by アル・アハラム
エジプトでは、先週から全国一斉の大学入学資格試験が始まりました。厳しい学歴社会、成績主義社会の国家ですから、高校3年生の卒業試験に当たる今回の統一テストは、人生を大きく左右するものになります。そして、その正に初日、また試験問題が漏洩した、ということで大問題になっています。というのは、昨年も、漏洩のかどで、教育省の職員11人が逮捕されるという事件が発生しているのです。

経済悪化により、昨秋、変動為替相場に移行し、エジプトポンドの貨幣価値が一気に半分に下落し、その上、物価上昇・インフレの急激に進むエジプトです。「パン寄こせ」の食料デモも起きています。教員も、給料だけでは生活できず、放課後、アルバイトに精を出す状況です。

単に不正というのではなく、金の絡んだ何とも後味の悪い臭いがします。



Egypt's prime minister vows tough legal measures against examinations leaks 
(by AL-Ahram)

0 件のコメント:

コメントを投稿